日本経済の分析における新古典派とケインズ経済学の枠組みについて


ケインズvsハイエク 第2ラウンド

 日本経済は他の先進国では見られない深刻なデフレーションに長期間陥っている。本レポートではゼロ金利下でマネーサプライを増やすことがデフレ脱却のために有用であるのかを分析する。

 現在、日本銀行は非伝統的な金融政策によって貨幣数量を大幅に増やしている。伝統的ではない金融政策は①量的緩和ゼロ金利政策③インフレ・ターゲットの大きく3つに大別することができる。日本においては1998年11月に長期金利が上昇したことにより、1999年から日銀はゼロ金利政策を行うこととなった。しかし債券市場における名目収益率が、名目利子率よりも小さい場合にはゼロ金利政策の有効性は失われてしまう。日本経済がこの流動性の罠に陥っているという指摘は、ベン・バーナンキポール・クルーグマンらによって長年なされてきた。流動性の罠から脱出するための次なる政策として量的緩和政策が挙げられる。政策目標を無担保コール翌日物から日銀当座預金へと変更し、さらに時間軸政策として将来へのコミットメントを行うことで市場における期待形成をねらったものである。インフレ・ターゲットもフォワード・ガイダンスの一環で信用管理としての機能を持っている。名目利子率をゼロより下げることができないという制約(例外はあるが)を、期待インフレ率を上昇させることで実質利子率を低下させることを目的としている。(フィッシャー効果)

 新古典派の枠組みの中では金融政策の有効性を測ることは困難である。なぜならば実質変数と貨幣数量が無関係であるという貨幣の中立性が古典派マクロ経済学の象徴だからである。古典派の二分法は長期経済を分析する際には近似的に正しく有用であるが、短期的な経済現象を分析するためには有効な理論であるとはいえない。一方で、ケインズ経済学は短期の経済を分析するために用いられる。新古典派ケインズ経済学の決定的な相違点は、諸価格は短期においては硬直的で、長期においては伸縮的である点である。

 「供給が需要を創造する」というセイの法則が当てはまるか否かが新古典派ケインジアンの違いを明確にする。経済活動によって家計の収入が増加すれば財に対する消費需要が増加する。たとえ収入の増加が消費ではなく貯蓄に向かったとしても、金利や物価の下落によって他の経済主体が代替的に需要を喚起する。ここまでが新古典派の理論である。一方で、ケインズが「長期的にはわれわれはすべて死んでいる (In the long run, we are all dead.)」と批判したように、ケインジアンの理論ではこのような長期的均衡は起こらない。流動性の罠名目賃金下方硬直性によって、貯蓄の増加が金利や物価の下落をもたらさず、生産性の低下が名目賃金の調整ではなく失業をもたらす。労働市場における不均衡や、有効需要の不足を解決するために政府による金融政策・財政政策が必要である、というのがケインズ経済学の特徴である。

 非伝統的な金融政策の有効性については議論があるが、突発的な金融危機への対処法としてはある程度の有用性が認められている。2008年の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機の際には、各国の中央銀行は類似の政策を行った。非伝統的な金融政策は金融システム全体の壊滅的な崩壊を防ぐための下支え効果はあるが、持続可能性をもつ類いの政策ではない。長期間に渡る量的緩和が過剰に景気を刺激して高インフレがもたらされたり、企業や金融機関のモラルハザードが生じたりする危惧がある。新たにジャネット・イエレンが議長となったFRBもQE3の資産購入プログラムを縮小する方向に舵を切っており、その出口戦略は日本経済にとっても大変重要なものである。

 膨大な財政赤字、有効求人倍率が改善されながらも非正規雇用の増加によるものであること、サービス業における賃金の硬直性、など日本経済には多くの懸念材料が存在する。適切なタイミング、適切な方法で出口戦略がなされることが今後の日本経済にとっての課題であると言える。

 

 

参考文献

脇田成(2012) 『マクロ経済学のナビゲーター』

グレゴリー・マンキュー(2013)『マンキューマクロ経済学Ⅰ 入門編』

吉川洋(2013) 『デフレーション