マネックスGによるコインチェック買収と条件付対価の会計処理

マネックスGによるコインチェック買収から3事業年度が経過し、アーンアウト条項にかかる期間も終了したことから当時を振り返りながら具体的な会計処理を考えてみようと思います。(21年3月期の有報も出たので)
 
2018/04/06 株式取得によるコインチェック株式会社の完全子会社化に関するお知らせ
取得価額は3,600百万円+条件付対価とのこと。今後3事業年度の当期純利益の二分の一を上限として、一定の事業上のリスクを控除した金額が追加で発生する可能性ありと注記されています。詳細は四半報を見ないと分からないですね。仮想通貨バブルに沸いていたとはいえ営業利益537億円の会社を36億円で買収とは割安すぎと当時騒がれていた記憶があります。
 

f:id:riksbank:20210626162139p:plain

f:id:riksbank:20210626161332p:plain

f:id:riksbank:20210628154340p:plain


買収後の決算説明資料でコインチェックの直近業績が初めて開示されました。
営業利益率85.8%は今見ても凄すぎる。 
 
 
2018/08/03 四半期報告書-第15期第1四半期(平成30年4月1日-平成30年6月30日)
 

f:id:riksbank:20210626163201p:plain

f:id:riksbank:20210626163050p:plain

取得対価は現金3,600百万円と条件付対価960百万円、コインチェックの識別可能な純資産の公正価値は4,929百万円、非支配持分は369百万円で企業結合時の仕訳は下記のようになります。のれん(負ののれん)を絶対発生させないという熱い意志を感じますね。
 
資産 39,335 / 負債 34,406
のれん 0 / 非支配株主持分 369
    / 現金 3,600
    / その他の金融負債 960
 
バリュエーションについては外部専門家へ委託している場合がほとんどだと思われます。そもそも事業会社の経理部には企業価値評価に精通する人材はほぼほぼいないですし、疑義が生じた時にアドバイザリーが監査法人との質疑応答までフォローしてくれるため、自前で完結させるより都合がいいからです。余談ですが、実際に手を動かしてモンテカルロ・シミュレーションによる計算をしているのは数学に詳しいインド人だとかそうじゃないとか。。
IFRS第3号「企業結合」には条件付対価の項目があり、取得日後の事象によって生じた公正価値の変動について会計処理方法が明記されています。条件付対価を資本で認識するか、金融負債で認識するかによって処理は異なるのですが、実務的にはほとんどが金融負債に区分され、またそのほとんどがデリバティブ金融負債に該当します。コインチェックの場合もその他の金融負債で計上されていますね。IFRS上、条件付対価は買収時点での公正価値で認識され、公正価値の変動分についてはPLで認識されるため、のれんの金額が0から変動することはありません。(日本基準の場合は、条件付対価の支払い額が確定した時点でのれんの金額を修正する。)金融負債でなく資本に区分する場合には、公正価値の変動も資本で認識することになります。
コインチェック買収当時は仮想通貨交換業の登録が完了しておらず登録が拒否される可能性もあったこと、仮想通貨事業の不確実性、経営層に残る旧株主へのインセンティブ設定、などなどの事情からアーンアウト条項が設定されたのかなと想像できます。
 

f:id:riksbank:20210626163451p:plain

↑条件付対価960百万円が純損益を通じて公正価値で測定する金融負債に分類されています。

 

2019年3月期(第15期) 第2四半期 四半期報告書
セグメント別PLでクリプトアセット事業のその他の収益で130百万円が計上されています。条件の(一部について)達成可能性がなくなったため、その他の金融負債を取り崩し、その他の収益で取り崩し分を認識しています。繰り返しになりますが、IFRSでは条件付対価の公正価値の変動についてPLで認識するため、のれん or 負ののれんを追加的に認識することはありません。仕訳は下記になります。
 
その他の金融負債 130 /その他の収益 130
 
 
2019年3月期(第15期) 第3四半期 四半期報告書
2Qと同様にその他の金融負債を取り崩しています。うる覚えですが当時の市況は悪かったですよね。
 
その他の金融負債 303 /その他の収益 303
 
条件付対価の残高は527百万円ですね。
 
2019年3月期(第15期) 有価証券報告書
 

f:id:riksbank:20210628152801p:plain

その他の金融負債 527 /その他の収益 527
 
これでその他の金融負債は残高0になり、条件達成可能性はなくなったということになります。
正確には期末時点での条件付対価にかかる期間(あと2事業年度)における当期純利益の見積もりは0円もしくは赤字ということですね。また、19年1月に仮想通貨交換業の登録が完了しています。
 
2020年3月期(第16期) 第1四半期 四半期報告書
市況の回復もあり、クリプトアセット事業が四半期で初めての黒字転換しています。
 
2020年3月期(第16期) 第2四半期 四半期報告書
相変わらず好調です。
 
2020年3月期(第16期) 第3四半期 四半期報告書
市況はやや垂れ気味だったとのこと。会計処理的には特筆すべきことはありません。
 
2020年3月期(第16期) 有価証券報告書

f:id:riksbank:20210628152910p:plain

 セグメント利益(税引前利益)は293百万円(前連結会計年度は1,732百万円のセグメント損失)で着地しています。

 
 
2021年3月期(第17期) 第1四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:00ff8d72-87a1-4a1c-89f3-8b7cd8532e3e/S100JDI0.pdf

セグメント利益(税引前四半期利益)は102百万円(前第1四半期連結累計期間比28.1%減)とのこと。

 

2021年3月期(第17期) 第2四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:0c842f66-45bf-4819-b9cc-260701f69ca1/S100K0CQ.pdf

 セグメント利益(税引前四半期利益)は828百万円(前第2四半期連結累計期間比445.7%増)と急激に利益を伸ばしています。

 

2021年3月期(第17期) 第3四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:5d05bc03-c37a-4310-bebe-91fd02fc4102/S100KNRB.pdf

 

f:id:riksbank:20210628150949p:plain

市況の変化により利益が急激に伸びてますね。セグメント利益(税引前四半期利益)は3,251百万円(前第3四半期連結 累計期間比13,265.7%増)となっています。業績の伸長による条件付対価の公正価値の変動によって、評価損217百万円を計上していますね。仕訳は下のようになります。

  

その他の費用 217 /その他の金融負債 217
 
 
2021年3月期(第17期) 有価証券報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:77abaeb4-09cf-420f-89b6-3db9329ef1e6/S100LRQ3.pdf

f:id:riksbank:20210628151849p:plain

マジでとんでもなく利益出てますね。セグメント利益(税引前利益)は9,868百万円(前連結会計年度比3,268.2%増)とかもうちょっとよく分からないです。条件付対価についての公正価値の変動を反映して、第4四半期の仕訳は下記のようになります。

その他の費用 3,571 /その他の金融負債 3,571

 

f:id:riksbank:20210628152557p:plain

買収より3事業年度が経過したため、条件付対価の支払金額は3,788百万円で確定です。 

ビットコインの価格推移を見てみるとさらに震えますね。旧株主は脳汁出まくりだったと思います。

f:id:riksbank:20210628150400p:plain

マネックスによる買収時のビットコイン価格

②19年3月期末のビットコイン価格

③20年3月期末のビットコイン価格

④21年3月期末のビットコイン価格です。

 

コインチェック株式の譲渡対価は7,388百万円(3,600百万円+条件付対価3,788百万円)となり、単純計算で和田氏に33億円、大塚氏に4億円、その他の株主に36億円が支払われるということになります。

f:id:riksbank:20210626162139p:plain

つくづく仮想通貨は市況次第だな、という感じですが旧株主にとっては結果的に条件付対価を設定したことによって予想以上のナイストレードになりましたね。こんなにド派手なディールは今後もなかなか見られないと思います。(終わり)