HIT製作所について

日商簿記1級によく登場するHIT製作所ですが、試験委員である廣本敏郎教授のイニシャル(HIROMOTO TOSHIRO)が由来のようです。原価計算分野の御大・岡本清教授の出身大学である一橋大学が由来という説もありますが、正確には岡本教授の弟子である廣本教授のイニシャルから来ています。

マネックスGによるコインチェック買収と条件付対価の会計処理

マネックスGによるコインチェック買収から3事業年度が経過し、アーンアウト条項にかかる期間も終了したことから当時を振り返りながら具体的な会計処理を考えてみようと思います。(21年3月期の有報も出たので)
 
2018/04/06 株式取得によるコインチェック株式会社の完全子会社化に関するお知らせ
取得価額は3,600百万円+条件付対価とのこと。今後3事業年度の当期純利益の二分の一を上限として、一定の事業上のリスクを控除した金額が追加で発生する可能性ありと注記されています。詳細は四半報を見ないと分からないですね。仮想通貨バブルに沸いていたとはいえ営業利益537億円の会社を36億円で買収とは割安すぎと当時騒がれていた記憶があります。
 

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買収後の決算説明資料でコインチェックの直近業績が初めて開示されました。
営業利益率85.8%は今見ても凄すぎる。 
 
 
2018/08/03 四半期報告書-第15期第1四半期(平成30年4月1日-平成30年6月30日)
 

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取得対価は現金3,600百万円と条件付対価960百万円、コインチェックの識別可能な純資産の公正価値は4,929百万円、非支配持分は369百万円で企業結合時の仕訳は下記のようになります。のれん(負ののれん)を絶対発生させないという熱い意志を感じますね。
 
資産 39,335 / 負債 34,406
のれん 0 / 非支配株主持分 369
    / 現金 3,600
    / その他の金融負債 960
 
バリュエーションについては外部専門家へ委託している場合がほとんどだと思われます。そもそも事業会社の経理部には企業価値評価に精通する人材はほぼほぼいないですし、疑義が生じた時にアドバイザリーが監査法人との質疑応答までフォローしてくれるため、自前で完結させるより都合がいいからです。余談ですが、実際に手を動かしてモンテカルロ・シミュレーションによる計算をしているのは数学に詳しいインド人だとかそうじゃないとか。。
IFRS第3号「企業結合」には条件付対価の項目があり、取得日後の事象によって生じた公正価値の変動について会計処理方法が明記されています。条件付対価を資本で認識するか、金融負債で認識するかによって処理は異なるのですが、実務的にはほとんどが金融負債に区分され、またそのほとんどがデリバティブ金融負債に該当します。コインチェックの場合もその他の金融負債で計上されていますね。IFRS上、条件付対価は買収時点での公正価値で認識され、公正価値の変動分についてはPLで認識されるため、のれんの金額が0から変動することはありません。(日本基準の場合は、条件付対価の支払い額が確定した時点でのれんの金額を修正する。)金融負債でなく資本に区分する場合には、公正価値の変動も資本で認識することになります。
コインチェック買収当時は仮想通貨交換業の登録が完了しておらず登録が拒否される可能性もあったこと、仮想通貨事業の不確実性、経営層に残る旧株主へのインセンティブ設定、などなどの事情からアーンアウト条項が設定されたのかなと想像できます。
 

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↑条件付対価960百万円が純損益を通じて公正価値で測定する金融負債に分類されています。

 

2019年3月期(第15期) 第2四半期 四半期報告書
セグメント別PLでクリプトアセット事業のその他の収益で130百万円が計上されています。条件の(一部について)達成可能性がなくなったため、その他の金融負債を取り崩し、その他の収益で取り崩し分を認識しています。繰り返しになりますが、IFRSでは条件付対価の公正価値の変動についてPLで認識するため、のれん or 負ののれんを追加的に認識することはありません。仕訳は下記になります。
 
その他の金融負債 130 /その他の収益 130
 
 
2019年3月期(第15期) 第3四半期 四半期報告書
2Qと同様にその他の金融負債を取り崩しています。うる覚えですが当時の市況は悪かったですよね。
 
その他の金融負債 303 /その他の収益 303
 
条件付対価の残高は527百万円ですね。
 
2019年3月期(第15期) 有価証券報告書
 

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その他の金融負債 527 /その他の収益 527
 
これでその他の金融負債は残高0になり、条件達成可能性はなくなったということになります。
正確には期末時点での条件付対価にかかる期間(あと2事業年度)における当期純利益の見積もりは0円もしくは赤字ということですね。また、19年1月に仮想通貨交換業の登録が完了しています。
 
2020年3月期(第16期) 第1四半期 四半期報告書
市況の回復もあり、クリプトアセット事業が四半期で初めての黒字転換しています。
 
2020年3月期(第16期) 第2四半期 四半期報告書
相変わらず好調です。
 
2020年3月期(第16期) 第3四半期 四半期報告書
市況はやや垂れ気味だったとのこと。会計処理的には特筆すべきことはありません。
 
2020年3月期(第16期) 有価証券報告書

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 セグメント利益(税引前利益)は293百万円(前連結会計年度は1,732百万円のセグメント損失)で着地しています。

 
 
2021年3月期(第17期) 第1四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:00ff8d72-87a1-4a1c-89f3-8b7cd8532e3e/S100JDI0.pdf

セグメント利益(税引前四半期利益)は102百万円(前第1四半期連結累計期間比28.1%減)とのこと。

 

2021年3月期(第17期) 第2四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:0c842f66-45bf-4819-b9cc-260701f69ca1/S100K0CQ.pdf

 セグメント利益(税引前四半期利益)は828百万円(前第2四半期連結累計期間比445.7%増)と急激に利益を伸ばしています。

 

2021年3月期(第17期) 第3四半期 四半期報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:5d05bc03-c37a-4310-bebe-91fd02fc4102/S100KNRB.pdf

 

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市況の変化により利益が急激に伸びてますね。セグメント利益(税引前四半期利益)は3,251百万円(前第3四半期連結 累計期間比13,265.7%増)となっています。業績の伸長による条件付対価の公正価値の変動によって、評価損217百万円を計上していますね。仕訳は下のようになります。

  

その他の費用 217 /その他の金融負債 217
 
 
2021年3月期(第17期) 有価証券報告書

https://data.swcms.net/file/monex-group/dam/jcr:77abaeb4-09cf-420f-89b6-3db9329ef1e6/S100LRQ3.pdf

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マジでとんでもなく利益出てますね。セグメント利益(税引前利益)は9,868百万円(前連結会計年度比3,268.2%増)とかもうちょっとよく分からないです。条件付対価についての公正価値の変動を反映して、第4四半期の仕訳は下記のようになります。

その他の費用 3,571 /その他の金融負債 3,571

 

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買収より3事業年度が経過したため、条件付対価の支払金額は3,788百万円で確定です。 

ビットコインの価格推移を見てみるとさらに震えますね。旧株主は脳汁出まくりだったと思います。

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マネックスによる買収時のビットコイン価格

②19年3月期末のビットコイン価格

③20年3月期末のビットコイン価格

④21年3月期末のビットコイン価格です。

 

コインチェック株式の譲渡対価は7,388百万円(3,600百万円+条件付対価3,788百万円)となり、単純計算で和田氏に33億円、大塚氏に4億円、その他の株主に36億円が支払われるということになります。

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つくづく仮想通貨は市況次第だな、という感じですが旧株主にとっては結果的に条件付対価を設定したことによって予想以上のナイストレードになりましたね。こんなにド派手なディールは今後もなかなか見られないと思います。(終わり)

 

 

Tohjiについて

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既存の成功プロセスをすっ飛ばしてユースカルチャーの最前線に現れたTohjiの魅力。

ショーアップされていない剥き出しの感情こそがティーンの魂に刺さる。

Tohjiのような存在がいるからこそ閉塞的な世の中を生きることができるのだと思う。

www.youtube.comTohji's almost like Higher Brothers, Yung Lean, Pharaoh, Lil Peep and xxxtentacion.

FC町田ゼルビア改め、FC町田トウキョウは2025年にACL優勝できるのか??

2019年10月11日金曜日にFC町田ゼルビアのサポーターズミーティングが開催され、サイバーエージェント藤田晋社長よりクラブの未来構想が語られました。

サポーターズミーティングの内容については、YouTubeにて視聴できます。

www.youtube.com

サポーターズミーティングについての要約:

・町田から世界へ発信するJリーグトップへの成長のためにリブランディングを行う

・2020年度シーズンよりチーム名をFC町田ゼルビアから、FC町田トウキョウへ変更

・クラブロゴマークも新規イメージへと変更

ゼルビーはスタジアムマスコットという形で残し、アメコミ風のキャラクターを新たなマスコットとする

・チームカラーは変更せず青のままでいく

・国立や計画中の渋谷スタジアムを利用する可能性はあるが本拠地は野津田から変更しない

・ユースについては優秀な選手育成のために注力、レディースについてはこれから検討

・十分な理解と賛同が得られなかったため正式なリリースについては保留

・第三者割当増資によって調達した11.48億円については、J1ライセンス取得関連費用として計上(ハード面の強化)

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AbemaTVはWAUや有料会員数の水準をベースアップしながら総視聴時間数の伸ばして、メディアとしての企業価値向上を進めています。そのため優良なコンテンツを保持することとコンテンツの多角化はAbemaTVにとって必要不可欠事項です。2017年9月の株式会社DDTプロレスリングの完全子会社化も多角化の一環でしょう。サイバーエージェントにとってのFC町田ゼルビア買収は、クラブ運営単体から得られる将来キャッシュフローを目的としたものではなく、Jリーグという秀逸な映像コンテンツの獲得やAbemaTVシナジーを効かせるためのものと推測することができます。

サイバーエージェントが株式会社ゼルビアの株式80%を11.48億円で取得ということは取得時の時価総額14.35億円。総資産が2.15億円、純資産0.46億円なので負債はだいたい1.69億円となりEVは16億円程度になります。2019年7月の株式会社メルカリによる株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー株式の取得時にもその買収金額の割安さ(保有率61.6%で取得価額15.97億円)が話題になりました。FC町田ゼルビアについても先述のAbemaTVシナジーや立地も含めて、魅力的な投資先と考えたのでしょう。

2019/07/24 サイバーエージェント 2019年9月第3四半期 決算説開会資料より

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www3.nhk.or.jp

昨日のミーティングを受けて、賛成・反対共に様々な意見が聞こえてきます。

特にこの若いゼルビアサポーターの涙の訴えは胸を熱くさせます。上場企業の社長に、自らの意見を臆さず伝えられるのは無条件に立派だと思います。PMIの側面からも、増資時に契約条項に盛り込まれていた名称変更について開示しなかったのは悪手でした。今回の件を1998年の横浜フリューゲルス消滅のようなJリーグの負の歴史にしてはいけません。サポーター、選手やチーム、オーナー企業、地元住民、すべてのステークスホルダーが納得できる形でクラブの新しい未来が描かれることを切に願っています。

 

(追記)

ameblo.jp

引き続きサポーターとの話し合いの場を設けて今よりも良い着地点を見つけていくこと、V・ファーレン長崎への謝罪が藤田社長のブログに明記されています。

 

(参考)

2018/10/01 サイバーエージェント

株式会社ゼルビアの第三者割当増資引受に関するお知らせ

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第149回日商簿記2級を受験しました

2018/06/10に簿記2級を受験してきました。結果は70点でギリギリ合格。

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記憶も曖昧ですが備忘をば。

  合計 第1問 第2問 第3問 第4問 第5問
得点
/
配点
70
/
100
16
/
20
6
/
20
20
/
20
16
/
20
12
/
20
平均点 43.5 10.9 6.9 5.9 9.1 10.6

 

第1問・仕訳問題(配点20点)

リース会計においてファイナンス・リースとオペレーティング・リースを混同し、4失点。

 

第2問・外貨建取引(配点20点)

棚卸減耗損、機械装置の減価償却など簡単な部分しか解答できず。移動平均法による売上原価の計算や、為替差損益で14失点。

 

第3問・本支店会計(配点20点)

支店側の仕訳を無視しなかったことが奏功し、繰越利益剰余金まで完答。

 

第4問・直接原価計算(配点20点)

変動売上原価で計算を間違え2失点、連鎖的に営業利益で2失点と思われる。

 

第5問・工程別総合原価計算(配点20点)

第2工程の当月投入高に、第1工程での原料費を加算し忘れ4失点。必然的に第2工程完成品総合原価で4失点。

 

所感:合格できて良かった。

日本経済の分析における新古典派とケインズ経済学の枠組みについて


ケインズvsハイエク 第2ラウンド

 日本経済は他の先進国では見られない深刻なデフレーションに長期間陥っている。本レポートではゼロ金利下でマネーサプライを増やすことがデフレ脱却のために有用であるのかを分析する。

 現在、日本銀行は非伝統的な金融政策によって貨幣数量を大幅に増やしている。伝統的ではない金融政策は①量的緩和ゼロ金利政策③インフレ・ターゲットの大きく3つに大別することができる。日本においては1998年11月に長期金利が上昇したことにより、1999年から日銀はゼロ金利政策を行うこととなった。しかし債券市場における名目収益率が、名目利子率よりも小さい場合にはゼロ金利政策の有効性は失われてしまう。日本経済がこの流動性の罠に陥っているという指摘は、ベン・バーナンキポール・クルーグマンらによって長年なされてきた。流動性の罠から脱出するための次なる政策として量的緩和政策が挙げられる。政策目標を無担保コール翌日物から日銀当座預金へと変更し、さらに時間軸政策として将来へのコミットメントを行うことで市場における期待形成をねらったものである。インフレ・ターゲットもフォワード・ガイダンスの一環で信用管理としての機能を持っている。名目利子率をゼロより下げることができないという制約(例外はあるが)を、期待インフレ率を上昇させることで実質利子率を低下させることを目的としている。(フィッシャー効果)

 新古典派の枠組みの中では金融政策の有効性を測ることは困難である。なぜならば実質変数と貨幣数量が無関係であるという貨幣の中立性が古典派マクロ経済学の象徴だからである。古典派の二分法は長期経済を分析する際には近似的に正しく有用であるが、短期的な経済現象を分析するためには有効な理論であるとはいえない。一方で、ケインズ経済学は短期の経済を分析するために用いられる。新古典派ケインズ経済学の決定的な相違点は、諸価格は短期においては硬直的で、長期においては伸縮的である点である。

 「供給が需要を創造する」というセイの法則が当てはまるか否かが新古典派ケインジアンの違いを明確にする。経済活動によって家計の収入が増加すれば財に対する消費需要が増加する。たとえ収入の増加が消費ではなく貯蓄に向かったとしても、金利や物価の下落によって他の経済主体が代替的に需要を喚起する。ここまでが新古典派の理論である。一方で、ケインズが「長期的にはわれわれはすべて死んでいる (In the long run, we are all dead.)」と批判したように、ケインジアンの理論ではこのような長期的均衡は起こらない。流動性の罠名目賃金下方硬直性によって、貯蓄の増加が金利や物価の下落をもたらさず、生産性の低下が名目賃金の調整ではなく失業をもたらす。労働市場における不均衡や、有効需要の不足を解決するために政府による金融政策・財政政策が必要である、というのがケインズ経済学の特徴である。

 非伝統的な金融政策の有効性については議論があるが、突発的な金融危機への対処法としてはある程度の有用性が認められている。2008年の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機の際には、各国の中央銀行は類似の政策を行った。非伝統的な金融政策は金融システム全体の壊滅的な崩壊を防ぐための下支え効果はあるが、持続可能性をもつ類いの政策ではない。長期間に渡る量的緩和が過剰に景気を刺激して高インフレがもたらされたり、企業や金融機関のモラルハザードが生じたりする危惧がある。新たにジャネット・イエレンが議長となったFRBもQE3の資産購入プログラムを縮小する方向に舵を切っており、その出口戦略は日本経済にとっても大変重要なものである。

 膨大な財政赤字、有効求人倍率が改善されながらも非正規雇用の増加によるものであること、サービス業における賃金の硬直性、など日本経済には多くの懸念材料が存在する。適切なタイミング、適切な方法で出口戦略がなされることが今後の日本経済にとっての課題であると言える。

 

 

参考文献

脇田成(2012) 『マクロ経済学のナビゲーター』

グレゴリー・マンキュー(2013)『マンキューマクロ経済学Ⅰ 入門編』

吉川洋(2013) 『デフレーション

『2001年宇宙の旅』における色彩表現について


2001: A Space Odyssey Official Trailer #1 - (1968) HD

 

 私は自分が好きな映像作品としてアーサー・C・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督によって作成され1968年に公開された『2001年宇宙の旅』を挙げる。この作品を好む理由として色彩の美しさを一番の要素に挙げることが出来る。原作を含めて作品全体に漂う哲学性やストーリー性の面は多様な解釈が可能であるため善し悪しを客観的に判断することは困難であるが、画面上で選択的に散りばめられた色彩の数々はそれのみで鑑賞者の心になにかしらの印象を残すといえる。物語の序盤のシーンで特に印象的な部分を具体的に挙げると人類の夜明けとしてヒトザルがモノリスに出会い知能を獲得するシーンでの白と黒のコントラストである。黒は野性的で粗暴な原始世界で無機質にそこにあり異質の存在感を与えている謎の物体モノリス、白は人類の未来を決定することになった骨である。この骨は作中で道具や武器の使用を獲得したヒトの象徴的な役割を果たしている。私はこの白と黒の対比が非常に美しいと感じる。キューブリック作品全般に言えることかもしれないが、出演者よりもむしろ舞台装置として配置された小道具のほうがみずみずしい色合いが与えられ画面の中で全面にその存在感を示している印象を受ける。映画の中でこの骨はヒトザルによって宙に放り投げられ画面いっぱいに大写しになり、その後その骨は宇宙船に変化する。武器の獲得に成功した人類が地球の外に進出することができる技術を身に付けるまでに費やした果てしない積み重ねや歴史が、その刹那に凝縮されている。漆黒の宇宙に漂う白い宇宙船という関係性のなかにも、モノリスと骨と同様白黒の関係を見出だすことが出来る。

 宇宙でのシーンにおいて象徴的に用いられる色は赤である。近未来的で洗練された施設の内部はやはりほとんどが白で統一されているのだが、随所に他の色が散りばめられ効果的な役割を果たしている。個人的に印象的なのは白い空間に配置された赤いソファーである。シンプルかつ少ない情報量でソフィスケートされた画面の構成はそれだけで美しい。

 宇宙船内部で唯一ある種の不合理な意思決定を行い人間的な熱量を持っているように描かれているのは、矛盾しているようではあるが人工知能HALである。宇宙船の乗組員はむしろ無機質に描かれ、人間的な熱量を感じられるシーンはほとんどない。HALは人口知能であるため定型をもたず時には音声のみで画面に登場するが、真っ赤なカメラ・アイが随所に大写しになりHALの核がそこに存在しているような印象を受ける。もちろんカメラであるため人間のように表情の機微はそこに全くないが、画面に真っ赤なカメラ・アイが写るたびに船内で唯一の感情をもつ生命という見方が自己の中で大勢を占めていくようになる。HALが己の中で萌芽した自我に自覚的になり自らの創造主である人類に牙を剥けるシーンではその葛藤の表情が赤く染まったカメラ・アイのなかに明確に見て取れる様になる。HALは暴走し結果としてディスカバリー号船長ボーマンに機能停止させられるのだが、機能が失われていく過程で困惑や恐怖の顔が容易に目の前に思い浮かぶ。HALのモジュールが存在する内部でも赤が効果的に用いられている。

 終盤では巨大モノリスとの人類の邂逅、スターゲートへの突入、スターチャイルドへの進化など大きな山場の連続に突入していくが抽象性が高く難解なコンテクストの連続になっていく。映画作品としては終盤にかけての多様な解釈が可能なストーリーが評価の大部分を占めているように思うがここでは敢えて色彩の美しさを中心に『2001年宇宙の旅』を分析した。この作品の画面構成の美しさはシンプルな色使いによって形成された優雅さに由来するように感じる。

 

参考文献

アーサー・C・クラーク(1993)『2001年宇宙の旅』、早川書房

アーサー・C・クラーク(2000)『失われた宇宙の旅2001』、早川書房